No.68 西の風新聞目次
小唄に思う
平成19年7月27日付

 7月初めの日曜日、友人から誘いを受けて上野池之端 水月ホテル鴎外荘で行われた小唄の演奏会に出掛けた。
小唄は江戸時代末期に始まった日本古来の音楽(小歌曲)で、三味線と唄によって演奏され、演奏時間は3~4分程度で歌詞は短く、洒落、皮肉、粋を重要視し声を抑制する歌唱法、三味線は爪弾きが特徴となっている。

小唄といえば思い出すのが小唄勝太郎だ。年齢の差もあって彼女の唄にのめり込んだ記憶はないが、亡くなった明治生まれの親父が大ファンであったことを思い出す。勝太郎(1904年~1974年)は、現新潟市生まれの昭和初期の歌手で、小唄を基調とした歌謡曲を折からのレコード化時代の波に乗り、「柳の雨」「島の娘」「佐渡を想えば」「東京音頭」「明日はお立ちか」などを連続ヒットした。なかでも「東京音頭」は盆踊り唄として全国に広まったことは記憶に新しい。

会場となった鴎外荘は上野恩賜公園地区にあって、明治の文傑森鴎外に思いを馳せる旧居を取り込んでいて、およそ東京の雑踏を感じさせない場所にある。当時の文学サロンの趣を伝える優雅な於母影の間では、フルート、ヴァイオリン、アコーディオン、薩摩琵琶、箏曲などのミニコンサートが開かれている。キャッチフレーズが、“心地よい音色に包まれながら、ゆったりとしたなごみの時間をお過ごしください。”とある。

 誘ってくれたのは、現在、ある小唄会を主宰し都内他の稽古場で教えている同郷の人だ。彼女の生まれ育ったところは、市街地から離れた山寄りの15軒程しか家のない小さな集落であったという。ふるさとを題材にした随筆に次のようなことを書いている。

―家の前には一町歩の栗林があり、春雪が消えると一面カタクリの花で紫のじゅうたんを敷いたようになります。それが終わるとぜんまいが出てその次がわらびです。秋、栗の実が落ちる頃風が吹く夜はなかなか眠れず暗いうちから電灯を持って栗拾いにいくのです。袋いっぱい拾ってそれから学校に行きます。今でも楽しい思い出です。―

 しっとりとした自然に囲まれ、悠久の時の流れに身をおいて生活する様式を求めることは現代社会では無理としても、生活の中に和み、ゆとりを見つける手立てが必要と感じている。それが重厚な人間形成に欠かせないことなのだと、懐かしい日本の文化である小唄の生演奏を目の当たりにしてゆったりと過ぎる一日を楽しみながら思った次第である。
 
 
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