No.5 西の風新聞目次
言葉掛け上手
2002年10月4日付

 「すごい手術したんだってね。よくがんばったね。あなたが育った村上、今紅葉がとてもきれいです。もみじの葉を集めたので入れておきます。お風呂に浮かべてゆっくり傷跡を治してください。」

 昭和六十年秋、胃の切除手術を受け退院した直後、小学校(新潟・村上小学校)卒業時のクラス担任、増子千代先生からいただいた手紙の一節である。
 卒業後三十五年を過ぎる中、どこから聞きつけたのか励ましの手紙をいただき恐縮すると同時に感激したことであった。
 クラス担任としてご指導いただいたのは五、六年生の二か年であったが先生に関わる思い出は今でも走馬燈のように映し出されてくる。

 その中の二つを紹介する。一つは、雪国特有の広い講堂で卒業式入場行進訓練の時のこと。
 先生方の厳しい指導の視線が集まり、誰もが整然と行進しようと緊張のあまり手足両方を一緒に前に出してしまいそうな雰囲気での出来事であった。歩き進むすぐ脇に横倒しになっている椅子があった。私はとっさに行進から離れてそれを立て直した。
 その時「ありがとうね。」と増子先生に言葉を掛けられた。

 もう一つは算数の授業でのこと。計量単位がメートル法へ改正される動きで例えば重さは「匁、貫」から「グラム、キログラム」へと日常の使用方法が変化していく過程にあって、大人達は困惑していたので、「一目瞭然の表をつくってやろう」と計算問題の授業中、ノートに縦の線を引き左にグラムの目盛り、右にそれに対応する匁の目盛りを配し早見換算表をつくって増子先生からえらく誉められた。

 私はこの二つの誉め言葉が正しい行為に対するものであったのかはいまだにわからないでいる。もしかすると集団行進の時は、あたりに目もくれずまっすぐ歩く。たとえ寸時の離脱であってもお目玉ものだったのかもしれない。
 算数の授業では、与えられた計算問題に真面目に取り組むことが正しかったのかも知れない、と。

 恐らく先生は考えるところあって、とっさに私に温かい言葉を掛けてくださったのであろうと今勝手に解釈しているのであるが、この出来事は半世紀余り経過した現在も私の体に温かく息づいているのも事実である。

 大人から見ればたわいもない言葉掛けでも子どもにとっては大きな影響を与えるもの、言葉掛け上手の大切さをつくづく感じている次第である。
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2002・8・9〜 Produce byIchiro Akami