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シリーズ 岩船広域・七市町村・虹色の町並み No.1

           水路と柳の復元計画     

                        関川村下関地区
               にぎわいの復活とコミュニティーの形成を求めて
        

 越後下関地区を中心に、米沢街道の歴史と今の暮らしが融合し、奥行きと品格のある落ち着いたたたずまいの町並みづくりが「ふるさと新潟の顔づくり事業景観形成推進地区」に指定され、平成9年3月報告書が出来、事業が進行しています。

           復元予想図

顔づくりプラン策定の目的
(導入事業)

成熟社会を迎え、まちづくりは地域固有の資源を活かし、行政と市民が協力して質の高い生活環境を自らの創意工夫により行う気運が高まっている。
「関川村越後下関米沢街道地区」は、景観づくりをモデル的、先導的に進めるのに相応しい地区として認められ、新潟県下6箇所の1つとして「ふるさと新潟の顔づくり事業景観形成推進地区」に指定された。

この事業の目的は、指定地区に景観に関する総合的な事業を関川村が住民の積極的な参加のもとに行うことであり、この事業を契機として村内各地で、住民自らの地域のふるさと資源を活かしたまちづくりの取り組みが広がることを期待している。




町並み保存の経緯
(財)日本ナショナルトラストの観光資源調査

昭和63年3月(財)環境資源保護財団による「撞木造りの町並みと米沢街道」の調査及び今後の歴史的町並み整備に対する提言を受け、これと公共と住民や企業が協力し実現するための具体的な景観プランを策定し、事業を推進するための景観ガイドラインや推進のための体制作りを検討する。


撞木(しゅもく)造りとは
国指定重要文化財渡辺邸をはじめとする下関の民家の最大の特徴は屋根の形にある。
伝統的様式でつくられた民家は、米沢街道に平行に面した前棟とそれに直角に後ろに伸びた後棟の二つからなる。
この二つの棟から屋根がつくられ、屋根はT字型となる。これが寺の鐘を叩く時に使う棒である撞木に似ていることから、職人の間で広くT字型の建築様式を撞木造りという。
用水路があった頃

          昭和30年頃の用水路

渡辺邸付近の旧用水路は、街道のほぼ中央を流れる深さ40〜50cm程度の割石積で、巾1,2m程のものであった。
当時の上町の道幅はほぼ11,7mで用水路をはさんで渡辺邸側が6m、役場側は4mで、柳が2〜3間おきに植えられていた。
用水路には所々小さな木橋や石橋がかけられ、両側に段があって水辺に下りられた。
小さな魚や、時には鮭も泳いでいたそうである。




用水と人々の暮らし


かっての下関の用水路は、人々の暮らしと結びつきが深かった。用水は顔を洗ったり野菜を洗うなど生活用水として利用され、用水路では子どもが水遊びをし、ほとりの木陰では夕涼みの縁台が置かれ、将棋に興ずる人もあった。宿駅があった昔には、牛馬の飲み水をくんだ人夫が汗を拭いたりしたと思われる。
8月15・16日には、下関の盆踊りがこの道で開かれ、近在、近郊の集落から若者たちがたくさん集まった。

このように用水路は人々の暮らしと深く結びつき、一帯はコミュニティー空間、広場としての役割を持つ“親水文化空間”であった。




関川村・顔づくりプランの重点整備施策

歴史と生活の道づくり
@旧米沢街道の堀と柳の復活の道

A村の食文化を伝える水車の復活と郷倉を活用した民族資料館の整備

B伊東邸跡地を活用した村の暮らしの伝承館「(仮)農村生活館」の整備

歴史と生活の道づくり
C旧米沢街道のたたずまいを守る暮らしの道

奥行きとゆとりある回廊の町並みをつくる暮らしの道づくり
D裏のたたずまいを守る道

奥行きとゆとりある回廊の町並みをつくる暮らしの道づくり
E歴史的価値の高い町並みへのアプローチする道づくり



 参考資料
「顔づくりプラン策定業務委託報告書」
平成9年3月
「撞木造りの町並みと米沢街道」
昭和63年3月

        

水辺を活かしたまちづくりの事例
   飛騨古川町
   郡上八幡

現在進行中の復元事業

      工事中の渡辺邸前の道

電柱を地下に埋設し、堀と柳の並木道を整備する。
計画全体では、440mの並木と、120mのせせらぎを復元する予定で、現在役場前が工事中です。
今後、周辺住民の更なる理解と協力を得て、旧米沢街道の堀と柳の復活の道づくりを行う。
平成13年度中に完成予定です。



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