http://www.murakami21.com 村上広域情報誌2001 2008年12月号

  リレー随筆 「鮭っ子物語」  No.90

山辺里橋残照
大滝 修
(おおたき おさむ)
昭和30年村上小学校卒業
東京でサラリーマン生活の後、平成18年より年金生活に入る。ライフワークは平和運動(茨城県平和委員会理事)

つくば市在住



村上高校昭和36年卒同期会
2003.3月
東京・上野「観桜のつどい」にて
左より2人目筆者






村上中学校卒業50周年同期会 
2008.3月
村上・うおやにて 右端筆者






桜と菜の花のコントラストが美しい
近くの「つくば桜ロード」にて
 その昔、山辺里橋は村上と在とを結ぶ唯一の橋だった。四日市、布部、岩沢等朝日村の在の人達は、生活に必要な物資を求めて村上へ入る時には必ずこの橋を渡った。今は国道七号線がそれにとって代わったが、その傍らに渡る人も疎らなままひっそりと昔の面影を残している。
 ダムが出来る前は、梅雨時になると毎年のように大水が出た。流木が橋桁に激突するさまは迫力があった。木の橋ではひとたまりもなく流されるから、橋の木組から石造りに模したコンクリートのそれに変わった。世界中を未曾有の恐慌が襲った昭和四年(1929)のことであったという。
 当然のことながら戦後に物心のついた私の記憶はその石の橋につながる。
 私の生まれ育った上片町には、在の人達の需要を待ち構えるようにあらゆる種類の店が軒を並べていた。お茶屋、豆腐屋、履物屋、乾物屋等を始め、畳屋、金物屋、更には桶屋、鍛冶屋、車屋等、今ではすっかり歴史の波間に飲み込まれた類の商売も店を構えていた。因に車屋さんとは自動車のことではない。牛、馬車の荷車の製造、補修業のことである。鍛冶屋さんでは真っ赤に焼けた炉が勢いよく燃え、トンテンカンの槌音が響き、農機具の補修が行われていたし、牛や馬の蹄を切っていたのを見た記憶もある。
 私の家では質屋等を営んだこともあったらしいが、幾つかの変遷を経て、江戸後期より左官屋と石屋を業とするようになった。町屋や在での屋敷に加え、農家の米土蔵等の需要が増えてきていたのだろうか。しかし、雪の降る冬は左官屋は仕事ができない。その間は墓石造りをする。いわば自然条件が余儀なくした二足のわらじだった。
 子供の頃、父はよく仕事の場に私を連れていった。将来後を継がせるためであったか、束の間の時間の共有を楽しむためであったかは分からない。「事件」が起こったのはそんな中のことだった。戦後間もない昭和23~4年頃、秋であったか春のことであったか、記憶は定かではない。
 父は私を荷車に乗せてヨシを仕入に出かけた。ヨシは木舞搔きという壁土の下地材となる大事な材料だった。四日市辺りというかすかな記憶がある。直径一尺、長さ数メートルのヨシの束の間に乗っているうちに、折からの陽気と太陽の恵みを吸収したポカポカした温かさで、次第に眠くなってきた。動く地面と砂利道の適度な振動は格好の子守唄だったのかも知れない。ちょうど山辺里橋辺りにさしかかった頃、私は荷車からずり落ちてしまった。ふんわり、ヨシと一緒に落下したためか、父も気づかず、自分もまた深い眠りに落ちていたままだったようである。百メートルばかり離れた家に着いた父は後ろを見て『オサムがいない。何処に落としてきたのか?』と大騒ぎになった。
大急ぎで引き返し、山辺里橋の路上で寝入ったまま無事発見されたのは言うまでもない。まだ車も殆ど走っていない時代、通行人もまたいなかったのであろう。今では信じられない、のどかな時代のささやかな「事件」であった。
 七号線が走って、我が故郷は一段と利便性が増し、風景も一変した。しかし人口は私が故郷を後にした半世紀前と殆ど変わらない。たまに故郷を訪れ、束の間の余暇を楽しむことが出来るのは、故郷に残り、これを守ってくれた人達のお陰であることに深く感謝しつつも、心の原風景が失われてしまったことに一抹の寂しさを感じるのは、故郷を離れたものの身勝手な郷愁かと思ったりもしている。

リレー随筆「鮭っ子物語」は、村上市・岩船郡にゆかりのある方々にリレー式に随筆を書いていただき、ふるさと村上・岩船の発展に資する協力者の輪を広げていくことを目的としています。 (編集部)

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