リレー随筆「鮭っ子物語」  No.34
鮭っ子、受け継がれる
〜信濃路より〜
 
 齢70を超えた父であるが、魚取りが好きである。そして、祖父母も好きであった。その血を引いてか、私も、三面川の支流「門前川」で、春は桜ウグイを、夏は鮎やカジカを、そして秋は漁業許可証を持つ父の後を追い鮭取りをした。

 職場に入り2年ほど自宅通勤したことがあるものの、その後、東京・霞ヶ関の中央省庁へ勤務することになり、気軽に魚取りというわけにはいかなくなった。
 霞ヶ関当時は、上司に誘われ、よく山登りをした。時には、その家族と山小屋を点々と泊まり歩くような登山もした。朝日連峰、飯豊連峰も渡り歩き、山頂から峡隘な県北の地を見下ろし、郷土に思いを馳せた記憶がある。朝日連峰を縦走の折、上司はこう言った。「新潟の周辺の山々は懐が深い。裾野が広く、幾重もの峰や谷を越え、ようやく山頂に至る。」と。
 人生も山あり谷あり、それに屈しない鮭っ子の生き様に思いが重なる。山紫水明、四季折々の季節感に溢れる郷土は、その気候・風土が忍耐強い鮭っ子を育む。
 実家を離れ19年になる。先輩・同僚から時として、「もう関東の人だね」と言われることがある。しかし、いつも胸を張ってこう答える。「心はいつも村上だよ!」と。

 昨年7月からは妻子を東京に残し、初めての単身生活を長野で送っている。
 仕事の一つに、小中高校生に対する租税教育の実践がある。学校の先生から時間をいただき、教壇に立つのである。「税金って何?」と、最初は怪訝そうだった子どもたちも、社会を支える税の意義や役割などその重要性に気づきはじめると目を輝かせ、拙い話を聞いてくれる。話を聞いてくれた小学生の中には、「先生!大人が作った借金(国債残高)はぼくたちには残さないようにしてね。」などと、既にしっかりとした見識を持つ子どももいる。
 子どもたちが大人になり、納税者となった時の意識の高揚に役立てばと願う次第である。

 さて、東京に残してきた家族である。我が家の一人娘はもうすぐ小学校五年生になる。一週間見ないうちに、週毎に大人びていくのには目を見張る。幼い頃は季節ごとに実家に帰省していたが、最近は、時間の制約もあり、その回数が減ってきている。それでも、先祖の供養のお盆には毎年必ず帰省し、墓参りをしている。その時娘は言う。「おじいちゃん、魚取りに行こうよ。」と。その言葉に父はニコニコしながら、仕掛け作りに励むのである。どうやら、我が家系の血は確実に娘に受け継がれているようである。

                 
リレー随筆「鮭っ子物語」は、村上市・岩船郡にゆかりのある方々にリレー式に随筆を書いていただき、ふるさと村上・岩船の発展に資する協力者の輪を広げていくことを目的としています。 (編集部)






永田 正喜
(ながた まさき)

 昭和47年3月山辺里小学校卒業
現在長野税務署 税務広報広聴官











筆者、後方左


































娘と共に






次回予告
大平 恵吾(おおひら けいご) 
昭和23年3月 八幡小学校卒業

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